【ビジネス戦略】不動産事業の売買仲介、賃貸斡旋、物件管理

住宅・不動産業界は市場分散型

住宅・不動産業界は市場分散型である。寡占化が進んでおらず、中小零細企業が数多く存在する。これは、業界を細分化しても同様だ。新築戸建て住宅ではハウスメーカーが目立っているが、その建築戸数割合は全体の4分の1にも満たない。

マンション開発についても同様で、最大手企業でも市場の6%超程度(年度により若干異なる)しかシェアをもっていない。自動車、ピール、ガラス、製鉄、金融など市場規模が巨大な産業では寡占化が一般的であるにもかかわらず、住宅・不動産業界はそうならない。

あっせん特に、不動産事業では売買仲介、賃貸斡旋、物件管理といったビジネス、また住宅産業においては、たいていの工事産業やリフォームビジネスといったあたりは、ほとんどが中小企業だ。大企業の寡占化が進まない理由はいくつか挙げられるが、主たるものは次の2つだろう。第一に、参入障壁が低いこと。

設備投資、備品購入などにあまりお金がかからない(あるいはほとんど不要である)ため、元手となる資金が少なくても起業しやすい。そのため企業からの独立が多い。第二に、エリア分散型産業であること。エリアが偏っていないため、メーカーのような地方都市に工場を構え、都市部に運んで販売するというタイプの産業ではない。

典型的な地域密着型産業であるため、近くにお店(会社)を構えていることは、かなりのアドバンテージになる。このようなことから、住宅・不動産業は寡占化が進まず、中小企業が乱立する状況が続いており、この傾向は市場減少により淘汰されることがあっても、大きく変化することはないだろう。

単なる延命処置にしかならなかった政策

1990年代後半に行われた、中小企業が金融機関から融資を受ける際に政府保証をつけるという政策は、当時金融機関に対して批判的に使われた「貸しはがし」行為から中小企業を守るためだった。しかしこれは事実上、単なる延命処置でしかなかった。

当時を知る地方銀行行員に聞くと、「おおげさに言うと、たいした審査をすることもなくどんな案件にもどんどん融資をしました。グもしもd のときは実質的に国が保証してくれるわけですから、貸さなきゃ損みたいな感じでした。

地方に存在する多くの中小企業には地銀がたくさん融資しているわけですが、どの地銀も似たような状況でした」さらにこう続けた。「当時私は入社して聞もないころでしたが、こうした融資方法で本当に大丈夫か、と疑問に思いました」そして、多くの企業は変化に適応できずに厳しい状況に追い込まれ、多数の融資案件がその後回収できなかったようだ。

大局的な見地に立つと、このころは右肩上がりの経済成長から横ばい、そして右肩下がりの市場に変化しているころだった。このようなときに、淘汰が始まることは市場原理が働く以上仕方あるまい。

生き残るためには、こうした市場の変化に適応していくしかないのだ。政府の援助や支援策を求めるということは一時しのぎにはなっても、何の解決策にもならない。企業自体が変わらなければならない。そのためにも、これから5年もしくは叩年先に、業界を取り巻く市場環境がどうなるのかをしっかりと見定めなければならない。

現在の日本の財政は、パプル絶頂期と比べて比較にならないほど逼迫している。国債の発行額は約7倍も違うのだ。たとえ消費税を上げたとしても、ほかの目的に使われるだろうから、さらなる支援策を期待してもない袖は振れない、という状況だろう。

アジアの不動産市場の中心は東京

2011年秋、上海に本拠地を構える某不動産企業の代表(総経理)が幹部社員を連れて、我々の研究所を訪ねてきた。これからの日本の不動産市場はどうなるのか意見が聞きたいというのだ。

首都圏(東京)の不動産の話をした後、関西、福岡、沖縄エリアについての見解を述べた。

別の台湾系の企業の総経理も、「東京のマンションに興味があります。わが社は某デイベロッパー(開発業者)企業と提携して、その企業が建てたマンションを台湾の富裕層に販売しています。彼らにとって、東京のマンションは注目の的です」ということだった。近年、日本にどんどんやってくる中国系の留学生やビジネスパーソン。しかし実際は、こうした人々が借りられる物件が少ないそうだ。投資用マンションを所有する日本人個人投資家(オーナー)は、中国人に貸すのをためらうようで、彼らはかなり困っているという。そこに商機を見いだし、いい物件を所有し中園、台湾からの移住者に貸すそうだ。「こうしたビジネスが成り立つのは、東京だけだ」と先ほどの総経理はキッパリと言う。東京の不動産への投資は、アジアの人々に群を抜く人気がある。それもそのはずで、首都圏の不動産の時価総額は、(為替の変動などがあるので大ざっぱな数字になってしまうが)アジア不動産価格のお%以上を占めるというのが現実だ。昨今では中国主要都市の不動産価格も、大きく下落する模様を見せ始めた。世界中の不動産に投資を行っているファンド(基金)は、リスクヘッジ(危険回避)のため世界中に分散投資を行うのが常であるが、北米、ヨーロッパ、中東、アジアとエリアごとに分け、特にアジアエリアでは東京に投資するのが最も安定的にリターンが得られるという。政治的に安定していることも理由の1つに挙げられるだろう。

変化の舵取りをした2008年

2007、8年ごろの世界的金融不安を「リーマンショック」と呼ぶようになったのはいつごろからだろう。世界的金融不安の兆候は2006年後半からアメリカで見え始めた。サププライムローン(低所得者向け住宅ローン)を証券化し販売した商品にデフォルト(債務不履行)が続き、投資家の聞に不安が広がり始めた。

日本にその影響が伝わり始めたのは2007年に入ってからだった。2006年半ばからのJIRE-T(不動産投資信託)は、こうした欧米の状況を逆手に取るかのような動きをして上昇を続けた。

2006年7月ごろから急上昇した東証REIT指数は、2007年5月白日に最高数値を記録した(2012年1月現在までも最高値)。この間に1・511・6倍の値をつけることになった2007年夏ごろになると金融不安があらわになり、一気に下落した。東証REIT指数は、最高数値をつけた2007年5用末から約1年半の問、ひたすら下落を続けた。

それは20%以上の下落という信じられない数字だった。一方、住宅着工戸数は2008年は何とか100万戸を維持したものの(2007年度中に決まっていたものが多かったためて実質的な意思決定や企画・検討が2008年度中なされたと思える2009年度の実績は100万戸を大きく下回り、80万戸を切ることになった。これは

1967年以来の100万戸割れの数字だった。このころに、業界は大きな変革を迎えることになった。住宅・不動産業界だけでなく、それらを取りまく住宅設備メーカーや、建材メーカーも同様に変革の舵取りを行った。本書では詳しく述べないが、この後に住宅設備メーカー、建材メーカーの大再編、連携、提携が加速していった。変革は次の2点だった。1つ目は、「脱フロービジネス」。2つ目は「新築からリユースヘ」である。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です